最高の結婚相手のはずだった【報われなさを解剖したら】

オイカワアユミ[感情の専門家/エッセイスト]

2023年夏、結婚や夫と経営していた会社、故郷、生活の基盤全てを捨てて、人生をリセットさせました。報われない自分に終止符を打ちたかったからーー。この経験が、"結婚"という正解のないチャレンジに対して、あなたが自分らしい答えを見つけるヒントになればと思い、筆をとりました。

最高の結婚相手のはずだった

「お父さんは間違ってます!」

予想もつかなかった展開に茫然としていると、頭の上で彼の声が響いた。

その時、私は結婚を父に許してもらえず、精神的にかなり追い詰められていた。

具体的に言えば、父が反対していたのは彼との結婚ではなく、私が嫁に行くこと。歴史ある実家を継いで名前を残してほしいというのが父の望みだった。

お前は親を裏切るつもりか」とか「お前は親の愛情も分からない人間なのか」とか、聞くだけでも辛い言葉を投げかけられる。そんな状態が二か月ほど続いていた。

当時同棲していた2DKのアパートは、ダイニングと隣り合わせた部屋が和室になっていて、私たちはそこを寝室にしていた。畳の上に座り込み、一人思い悩んでいた私のそばに彼がやって来た。

あゆみ、辛かったよね。一人で悩ませてごめんね

その優しい声を聞いた瞬間、私の目から堰を切ったように大粒の涙が次々とこぼれる。

彼は、そんな私を優しく抱きしめると、「わかったよ」と呟くように言った。

ん?何に対しての「わかったよ」だろうと不思議に思っていると、彼は左腕で私を抱いたまま、右手でポケットから携帯を取り出し、何やら電話をかけ始めた。相手は私の父だった。

彼は胸に私を抱いたままの体勢で、父に結婚の許可をもらえないかと話し始めた。父の声はよく聞こえない。すると、彼は毅然とした口調で言い放ったのだ。

お父さんは間違ってます!

かつて、父にそんな言葉を向けた人がいただろうか。

かつてない深い安心感
-最愛の人だと確信-

建設業を営む父は頑固で、我流を貫く職人気質。誰も父には逆らえない。

そんなイメージだった父に「間違ってる」と言い放ち、「お父さんは愛情を注いで来たと言うけれど、こんなに娘さんを追い詰めて、そんなのは愛じゃない」とまで言い切った彼。

その時、今回のことだけじゃなく、これまで傷ついてきたことの一切合切が報われたような気がした。

そして、あらゆるものから守られているような深い安心を感じて、私は彼が最愛の人だと確信した。

彼の真摯な訴えに、ついに父も結婚を許してくれ、私たちは晴れて夫婦になった。

かつてない深い安心を与えてくれた人との結婚。

これから何があろうとも、彼とならお互いを尊重しながら過ごしていけるのではないか。

そんなふうに思えるくらい、あの時彼が与えてくれた〈安心〉は私にとって尊いものだった。

結婚式の披露宴で配る二人のプロフィール作成で、雛型にあった『相手の好きなところ』の項目を『相手の尊敬するところ』に変えてもらったくらいだ。

ところが、深い信頼で結ばれてスタートしたはずの彼との結婚生活に、こんなにもモヤモヤを抱え、もがいていくことになろうとは、私は夢にも思っていなかった。

美容師である夫は、式を挙げた数ヶ月後に独立し、自分の店を持った。

それと共に、私たちの関係性は急速に変化していったのである。

思ってたより"愛されない"結婚生活

はじめに気になったのは、夫が私の顔を見ないということ。

初めて自分の店を持ったばかりで余裕がないのだろうと思っていたら、時間が経っても、夫が私の顔を見てゆっくり話をするなんてことは、驚くほど少なかった。

そのくせ、外食している時などは別のテーブルの女の子をチラチラ見ていたりする。

「ヘアスタイルを見ているだけ」という体のいい言い訳をされ、その度に胸にモヤモヤとした苛立ちと寂しさが募った。

現場での仕事以外、お店の経理も家庭のことも、全て私にお任せ。

妻として絶大な信頼を受けているのは分かるけれど、何というか、"妻"であって人ではない。と言うくらいに、私が日々何を考えて何を思っているかには、全く興味がないように見えた。

なぜ妻だけが問題ないと思えるのか

夫の中での私は無風状態、問題はないというのが大前提。彼にとって事件はいつも仕事で起こる。

だから、私が不満を伝えようものなら、「おいおい、仕事で疲れてるのに勘弁してくれよ」になってしまうのだ。

日々いろんなことが起こるのに、自分は仕事への不安を毎日私に吐き出しているのに、なぜ妻だけが問題ないと思えるのか不思議でならない。

それは私に興味がないからだ。と結論付けるのが、私にとっては最も納得する答えだった。

でも、それでは私が悲しい。

私は夫と楽しい時間を過ごしたかったし、私を見てほしかった。だから、夫の一番の癒し時間である夕ご飯のために、料理教室に通ってみたりもした。

でも、夫が笑顔で「おいしいよ」と言うのは、ほんのひと時。それまでに募っていた寂しさを埋めるには全然足りなかった。

私は、夫が恋愛で私に向けていた情熱と、あの時の〈安心〉を取り戻したかったんだと思う。

でも、頑張れば頑張るほど、良妻にはなっていくけれど、満たされはしない。

寂しさと苛立ちと無価値観が入り混じった「報われない」という気持ちが、むくむくと自分の中で育っていくーー。

「報われなさ」のからくり

そもそもどういう状態になったら、私は「報われている」と感じられるのだろうか。ある時私は自分の気持ちを分析してみることにした。

それは、やっぱり「愛されている」と実感している状態だ。

『報われる=愛されている証明』と言えるかもしれない。

そうか。だから、愛されていないという結果になるのが怖くて、報われようと執着してしまうのだ。

愛されない結果で終わるのは絶対に嫌だし、愛されているのか分からないままでいるのも苦しい。

だとしたら、「報われる」一択しか許されないではないか。

では、どういう状態になったら、私は「愛されている」と感じられる?

こういう時、相手に何をしてもらった時とか、“行動”ベースで考えると、とても薄っぺらい答えしか出てこない。

例えば、あの時抱きしめられた時に愛されていると実感したなぁと思っても、じゃあ「抱きしめられる」というアクションがあれば満たされるのかと言えば、そうではなかったりする。

答えはもっと本質的なところにある。肝になるのは、相手の行動ではなく、自分の"感覚"だ。

〈安心〉が感じられない

過去、どんな感覚の時に、私は「愛されている」と実感していたのか。自分の感覚を探ってみた。

私にとって、それは〈安心〉だった。

私を見る眼差しや声のトーン。そこに〈安心〉が見出せると私は満たされる。

あの時、父と真摯に向き合って私を守ってくれた夫に、人生で一番の〈安心〉を感じ、私は愛されていると実感した。

ところが、起業してからの夫は、言葉も態度も全てが不安に満ちていて、そこには〈安心〉の欠片もなかった。

私に向ける眼差しや声のトーンに〈安心〉が感じられないから、私は「報われない」と感じていたのだ。

再び夫から〈安心〉を与えてもらうため、私の脳が私の肉体に指令を出し、おいしいご飯を作ったり、仕事をサポートしたり、「あなたなら出来る」と励ましたりする。

なのに、夫は私から安心を受け取るだけで、私には一向に供給しようとしない。

思ってたのと違う!」と、私の全身から大ブーイングが起こっていた。

-ここであなたに一つ質問です-

あなたは、どんな感覚を感じている時に「愛されている」と感じますか?

私にとっては〈安心〉だったけれど、あなたの場合は全然違う感覚かもしれない。もしくは、似たような感覚でも「優しさ」という表現の方がしっくり来るかもしれない。

ぜひ、自分にしっくり来る表現で、自分にとっての「愛されている」感覚を探ってほしいのです。

その感覚は、あなたが幸せを感じる感情。私はそれを「基礎感情」と呼んでいます。

ぜひ、一度ゆっくり、自分の基礎感情について、ご自身と対話してみてくださいね。

次回は、「基礎感情」を元に私と夫がいかにすれ違っていたか、私の経験を交えながら、男女の感覚の違いをお伝えしていきます。