私が「自称・中庸オタク」である理由 【全部、ぶっ壊してやりたい。】

Windysのクリエイティブディレクター「高橋ナナ」のブログ『愛する人と、豊かで、幸せな人生を。』から、あなたが自由の翼を広げるメッセージを一日1つずつご紹介します。

これまでのメッセージはこちらから。

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偏った見方しかしなければ、

人はどこまでも怒れるし、

悲しめるし、

惨めになれます。

でも、

中庸に物事をとらえると、

何が良いか悪いかなんてなくて、

「絶対的な正しさとか「絶対的な悪」なんてものもないんだよなーとわかります。

そして中庸の状態でいれば

否定したり、感情に振り回されたりすることにパワーを使わずに済むから、

大切なことにだけ自分のパワーを集中していられる。

私は「自称・中庸オタク」で、

長年、実験を重ねてきましたが、結論、

何かを否定しないことだけが「中庸」なのではなく

その否定さえOKするのが「中庸」であり、

「愛」なんですわ〜。

愛で生きるって、

きっとこんな感じなんです。

神(森羅万象)の世界は常に

中庸のエネルギーで動いていて、

そのエネルギーでいることが、

「宇宙の流れに沿うこと」

なのですが、

実はこの世は、

「偏り(思考プログラム)」を楽しむ場所でもあるので、

偏りつつも、

偏りをOKしていくと、

バランスよく生きていけると思います。

ただこれには、

「自分が偏っている」という自覚が必要。

思考で頭ガチガチの人は、

自分が偏ってることにさえ気付けません。

なぜなら、「中庸」を知らないから。

「偏り」しか知らないから。

私がずっと伝え続けている「中庸」、

または「愛」、

そして「サレンダー」は、

ちょっとヘンに思う人もいると思うけど、

これが身につくと、

人生、

かなり自由に気楽になります。

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