【ネーミングが怖い講座にブチ込まれた】あるプロライターの"いっぺん死んでみた"感想。

こんにちは!Windys編集部です。

酔っ払った編集長により、「いっぺん死んでみる®︎〜今を生きるためのワークショップ〜」を強制受講させられた、ある美女ライター「和泉涼子」の、いっぺん死んでみた感想をお届けします。

9月某日、上原暢子先生の「いっぺん死ぬWS」を受講させていただきました。

なぜ私がこの講座を受けることになったのか、それはある飲み会での出来事がきっかけでした。

「暢子先生の講座、とりあえず受けてみて」という悪魔の声(たぶん編集長の声)に乗せられて、いつの間にか参加することになっていたような気がします。

自分で受けたいと言った気もしますが、その辺あまり覚えていません。

私としては、よくわからない間に「ネーミングが怖い講座にブチ込まれた」という気持ちが先行していました。

疑似的に死を体験するとは、一体何をするのか、得体の知れない体験をすることに恐怖を感じつつも、密かに講座当日を楽しみにしていました。

講座ではまず、自分の死にざまに仮説を立てた後、付箋紙に自分が大切にしているものを20個ぐらい書いていきます。

大切なものと言っても、好きな物だけではありません。

思い出、夢、自分の嫌いな人や汚い欲望なども入れるので、非常にバランスが良く、まるで私の頭の中の縮図のようなものが完成しました。

私の「大切な物」とはお金、仕事で使うパソコン、世界一周したいという夢、健康な肉体、ものすごく嫌なことをしてきたアイツ、そして大切な人、などありきたりなものばかりです。

こんなに大切なものを手放す日が来るなんて想像できません。

講座の中では、暢子先生が病気が進行していくエピソードを読んでくださいます。そのエピソードを自分事としてとらえ、「ああ、私はがんで死んでいくんだな」と、徐々にスイッチが入ります。

節目、節目のところで大切なものを1つ、2つと捨てていく。

あっさりと捨てることができるものもあれば、考えに考え抜いた上で捨てていくものもあり、自分が本当に大切に思っているものが何なのか明確になってきます。

例えば、私の場合「嫌いな人」はあっさりと捨てることができました。

「嫌いな人なんて誰でもすぐに捨てられるよ」と思うかもしれませんが、嫌いな人というのは好きな人と同じぐらいのエネルギーで執着しているものです。

その証拠に私は、かなりの頻度でむかつく人間を記憶のどこかから引っ張ってきて、

アイツ不幸になればいいのに

などと思い出しては勝手に憤慨していました。

冷静に考えれば、今目の前にその人はいないのに、なぜそのような脳内になってしまうのか謎でしかありません。

「残りの人生、そんな気持ち必要?」と思ったら絶対に要らない。というわけで、私の中で嫌いな人のことを考える時間が一気に減りました。

他にもあっさりと捨てることができたのは、「過去の思い出」の類でした。どれも、自分の人生の節目となるような美しい思い出ばかり。

それがあったからこそ今の自分があるわけですが、果たして「それ必要?」と思ったのです。たとえ思い出を捨てても、恐らくそれらは別の形で自分の中に生きています。

逆に、最後まで捨てきれなかったものは貨幣経済社会の象徴「お金」でした。

「病気で死ぬんだから治療費とか、入院費とかかかるよね、そのお金を家族に払わすのは申し訳ないから残しておきたい。」そんな気持ちから執着が捨てきれなかったのです。

だけど、最終的には死ぬのですから、どんなに執着していても強制的に全て手放すことになります。

私は早々お金をあきらめ、残った人に任せようという気持ちで無事に死を迎えることができました。

何よりも驚いたのは、私自身が死を迎えたとき何の後悔もなかったこと。

どうやら、私は日ごろからかなり正直に生きているようです。

人はいずれ死んで、大切なものを手放さなくてはいけない日がやってきます。それであれば、何かを得ることは無意味なことだと捉えてしまうかもしれません。

しかし、私がいっぺん死んでみて考えたことは、私がいま生きている世界で、必要なものや必要ではないものに振り回されながら、感情が動くことがなんと豊かなのだろうということ。

今死んでもいいと思っているからといって、すぐに死にたいわけではありません。これから、アフリカ縦断と南米縦断がしたいし、ビッグスケールの小説も書いてみたい。

終わりがあるとわかっているからこそ、今できることを着実にこなしていく必要があります。

実際の死を迎える前に、みなさんもぜひいっぺん死んでみませんか。

今からの人生がもっと活きてくるはずです。

編集長コメント

悩みがあるなら、選択に迷っているなら、いっぺん死んでみてほしい。

きっと、必ず、「見つかる」から。

でも、悩みがなくても、選択に迷っていなくても、この「ネーミングが怖い講座」に出会って、

心がザワっとしたのなら、

ぜひいっぺん死んでみてほしい。

きっと、必ず、何かが、「見つかる」から。

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