「裁く」ことを完全放棄 【全部、ぶっ壊してやりたい】

Windysのクリエイティブディレクター「高橋ナナ」のブログ『愛する人と、豊かで、幸せな人生を。』から、あなたが自由の翼を広げるメッセージを一日1つずつご紹介します。

これまでのメッセージはこちらから。

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すべてのイライラや、悩み、愛の欠如は、

「裁く」という事から生まれます。

あの人は良いとか、この人は悪いとか、

この自分はいいけど、この自分はダメだとか、

この出来事は良い事で、この出来事は悪いとか、

昔は良かったけど、今は最悪だとか、

人は常に裁いたり、比較したりを繰り返している生き物ですが、

これが、

本当に、

疲れる!!!ヽ(;´Д`)ノ

と言う事に、わたしは「裁く」ことをやめて気がついたのです。

これは、わたしの好きな本に書かれていた、

ニューヨークの地下鉄でのお話。

幼い子供を3人連れた男性が地下鉄に乗って来ました。

子供たちは、電車の中で大声を出したり、

走り回ったり、大騒ぎをしていたそうです。

でも一緒にいた父親らしき男性は子供たちを注意しませんでした。

見るに見かねた他の乗客が、

「子供がこれだけ騒いでるのになぜ注意しないんですか?

皆が迷惑しています。非常識じゃないですか?」

と、男性に抗議をしたそうです。

するとお父さんはハッした顔で我にかえり、

「すみません!気がつきませんでした。いま気が動転していて・・・

さっき妻が病院で亡くなって、

これから家に帰って葬儀の準備をするところなんです。」

抗議した男性はその理由を聞き、絶句したそうです。

「監督不行き届きの父親と躾のなっていない幼い子供たち」

が、

「妻の死に途方に暮れた父親と、母の死を把握出来ていない不憫な子供たち」

に変わった瞬間です。

この話を読み、

人が人を裁く事など、

誰にもできないと深く思ったとともに、

裁く事がどんだけ意味がない事かを痛感しました。

愛するとは、

「無条件にすべてを肯定する」ことですが、

「裁く」とは、その全く逆の行為。

自分が知り得た、表面的で部分的な情報や、

一方的な「自分のものさし」をふりかざし、

人や自分や状況を裁く。

しかもこの「自分のものさし」も、

実は大抵、

他人からの刷り込みでできていたりする。

本当に意味がないし、

疲れるし、

「愛」から遠ざかる。

結果、

いつまでたっても幸と不幸を行ったり来たり、

浮いたり沈んだりの目まぐるしい人生になってしまいます。

わたし自身は、

自分にとってもっと大切な事に時間を使いたかったので、

もうそんな疲れる「裁く」という事を、

2012年の頭から放棄したんです。

そしたらなんとまぁ!

平安!( ̄∇ ̄+)

シャンティ!!!!

イライラしないし、エネルギーが滞らない!!

くだらない、細かいことに感情がいちいち振り回されず、

自分にとって一番大切な事に集中していられる!!

とにかくラクだから、

だまされたと思って、

裁く事をやめて、

ただあるがままに感じて、受け入れてみてください! 笑

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